【環境・気づきと準備】 人生を振り返ってみると、自分がどんな「環境」にいたかによっての影響は大きい。自分自身も子供の教育環境もしかり、これはどんな方と出会うか、どんな書物を読むかで人生の生き方が変わってくると思う。 特に「世界一」を目指そうと思う時は、自分が目指そうとする分野で秀でた方々が多い場所を選択すべきだろう。もし、東大やハーバードを目指すなら、東京であり、ボストン地域に住む事であろうか。 勿論例外もあるが、その環境からの「刺激」は大なるものがある。地方や田舎にいては、「時間の使い方」や「無駄」がどうしても多くなってしまう。周りから優秀な方が多く輩出していれば、そこで成功された方々の「やり方」を真似る事が出来る。これは大きい。 後年になって「考える」事、「書く」事を習って自己修養が格段と上達した。最近はYou Tubeで色んな分野を学べる。お医者さんに行く時も事前に「予備知識」もって行くのと持って行かないのでは雲泥の差である。 糖尿病、白内障、腎臓、血液、血圧・食事・運動・睡眠・・・・定期検査、もう10数年前に糖尿系がではじめていますねと言われてかなり予期しない事であったので、次回に行く時、かなり事前に調査と予備知識を得てお医者さんに行って質問したら、かなり警戒されてきちんと答えて下さり、こちらの【意識と準備】の大切さこそが、何事も必要とわかった。 そういう意識をもっていて、ある時に米国の教会を訪問した時に、アメリカの牧師さんがその日の礼拝の中で、「人生は準備次第です。」と言われた言葉が未だに忘れられない。「準備」という言葉を聞くとその牧師さんの顔が思い出される。 日本では小学生の時はきちんと教えてもらえなかった。勉強するのは当たり前という雰囲気があって、前もって「準備」して授業は先生の授業を真剣に「集中」して聞けば、能力が向上すると後ほどわかった。 子供には6歳位の時から何度も「規律」を教えてたので、かなり成績があがり、小学3,4年で「オールA」を貰うようになった。子供には「環境」を整え、事前に「準備」する「習慣」をつけてやれば、後年になっても上手くいくんだと理解した。こういった「準備」するという事は生き方の一つの「法則」であろう。 「法則」は世界中何処にいても通用する。お陰で「宇宙の法則」とは?に取りつかれて10数年になる。晩年にわかるより、若くして理解出来ていたらもっと大きくチャンスを生かしきれたかもしれないが、私のブログを読む方の中で「一人」でもピーンと来て頂く方がいらっしゃれば、今日のテーマが生きて来る。 歴史と知識と経験が「法則」として成り立ち、誰かの胸に刺されば幸いである。
【美と正確さーChristie’sのPreviewからの学び】 最近【美】に関して異常な位に関心がある。「人生は美なり!」と言い切れる位である。約40年前に画商もどきで「絵」に取りつかれて以来である。人生の晩年になっての心境は若い時と違い、「本質・法則・真理」を明確に理解した上での「結論」である。 ビジネスでも勉強でも開発でも科学でも・・・・・、全て「Balance & Harmony」と認識する。この気持ちを持って物事を見れば、全ては「美なり!」に行き着く。 昨日、美術に興味あり、センスがある知人と共に、長く待ちに待っていたChristie’sの印象派のオークションが今週あるので、下見という事で見に行くと、世界中から多くの方々が訪問されていた。「無料」で本物が見えるのである。ちゃんとこういう値段ですと言うEstimateの値段も表示されているので、初心者でもわかりやすい。 画商もどきをやっていた時は、モネ・ルノアール・セザンヌ・マチス・ピカソ・・・・・等の超一流作品を見て必死に学んだ。絵は良いもの、本物を多く見てくると、偽物やそこまでに至らない、まだ実力不足の絵はよくわかるようになるのである。 先ず全体の「構成」を見る。「惹かれるか?」どうかのFirst Impressionである。これは物事全てに言えるであろうが。それからきちんと「正確」に「繊細」に描かれているか。そして長所というか「強み」に、惹かれるものがあるかどうか。私は「人物画」が好きである。光沢や肌の艶や色合いである。 昨日も小品であるが「ルノアール」の作品を見ていたら30分も佇んでいた。何時でも、何度見ても惹かれる。太もも等のタッチは「写真」では表現されないSexyさと魅力がある。身体全体と同時にやはり【美人】でなくてはならぬと感じた。 他の絵画で、構成も良いなと思う絵もあったが、「美的意識」に欠けているものは全然魅力を感じなかった。男性が「美人」を、女性が「ハンサム」を求めるのは当然と思われる。美人やハンサムな方は、もっと「美」を意識すべきだろう。 美しい絵や音楽は人を和ます。疲れている時や落ち込んでいる時に見たり、聴いたりする時に、心身にエンジンがかかったり、やる気が出てくる。「美」と言う刺激は何にも代えがたいものがある。良い絵をみて来ると「構成」「正確」「繊細」に気付く。「基本」がしっかりと出来ている。それらの組合わせと色のバランスが絶妙に違うのである。そうして「光沢」があれば最高である。ルノワールの「裸婦像」や描かれている「上品な女性」をみていると不思議と落ち着く。バランスとハーモニーが良いのだろう。 恐らく「人生」も「会社経営」も同様であろうと思う。全体の構図、基本、正確、繊細、創造性(特にピカソの創造性ある絵や彫像をみていると時にはにやりとする。) こうして一流の作品に触れると一日が充実する。読書と言う「知」の美と共に、絵画を通しての「美」に触れれる「New York 」は実に素晴らしいと思う。
【人間の器・顔相を観る】 Coffee Cup/河井寛次郎と・・・・これまで【器】を観てきた。そして最終的には「人間の器」である。この器を作るために「人生」それ自身を造り上げ、「心と身体」を磨いてきたのではないだろうか? 「人生は芸術」という視点に立てば、人間造り、人格を磨くは、事業を、仕事を通じて「美」を作り、術を磨くにある。これを想うと明治期に「芸術や美術」という日本語を作った先人は素晴らしい「感性」を持っていたものだと言いたい。 千利休を通して「茶室」という言葉を作り、江戸期、明治期に【匠】という言葉を作り上げて、「日本」の精神性を追求してきた。そろそろ最近の日本の魂の言葉を作り上げてもいいのではないか。 少し前の日本のオリンピック開催に至って、「おもてなし」と言う言葉が出来た。これこそ、世界に誇る、今の日本自身と言っても過言ではないだろう。人をもてなす、サービスする、この「行為と言葉」は有意義であろうと思う。 私はこの言葉が好きだ。今の日本にピッタリだからである。人を受け入れる、人を丁寧に尊敬を持って取り扱う。正に製品を作り上げるのと似ているように思う。「匠」の精神で物造り、そして「もてなし」の気持ちで、人を丁寧に取り扱う。最後に「有難うございました。」で帰結する。日本語としての「言葉と行為」が素晴らしい。 言葉は人を表すと言う。丁寧な言葉と行為を磨いて「品」良く、「凛」として、整然とした物腰には「芸術作品」を作っているように思う。「言葉と行為」こそが「作品」である。 そして人間という「器」を観る時に、「顔と眼」を観る。ここにその人の「作品」の全てが言い得ている。顔の締まりと皮膚の光沢、眼の奥に見られる慈愛に満ちた温かな眼、正しさの中に正視する力、顔全体に見る穏やかさとハーモニー、そして何よりバランスの取れた「美顔」である事だろう。 自分自身もそうでありたいと朝、鏡を見た時に気をつけているが、「美顔」になっているかどうか?しかし人は顔から、眼から言葉から直ぐに「第一印象」として判断する。「顔」という「器」、そしてしなやかな所作こそが、品があるかどうかとなる。 先人が作られた多くの「人間芸術作品」を通して拝見し、学び、自分自身の「作品」を磨いて、生きている間、人間の「顔」という「器」磨きを通して、良き「人間力」のある「美顔作品」を造り上げたいと思うのである。
【河井寛次郎ー日本の古き良き陶芸家】 先日から「焼き物」関係に縁があり、昨日(May 7)はJapan Societyで「河井寛次郎」を見に行った。名前は前から知っていたが、直接「作品」を見るのは初めてである。 Tiffany のCoffee Cupを見て以来、なぜか「陶器」に興味が尽きない。特に「光沢」が気にかかる。フランスのCupの光沢が余りにも品が良く、洗練されていたので、自然とそちらに関心が向かうのだろう。 今日の河井寛次郎の作品は、日本人として見た場合には「つや」は良い。残念なのは明治―昭和の感覚である。良いものは良いでいいが・・・・。*私は「つや」とは「洗練された品(質)とsexyさ」と捉えている。 作品を観ながら「Living is work, Work is living」と言う言葉に惹かれる。正に【人生は芸術】と思っている私には、真摯な言葉として受け留める事が出来る。生き方、仕事、そのものが【芸術】であると。 人生はBalanceであり、Harmonyであると。バランス、強さ、優しさ、穏やかさ・・・きらりと光るもの・・・・、もっと若い時から真剣にArtに触れていれば良かったと思う。(20代-30代に画商もどきを本業と共に7年間やった。) ビジネスは競争の社会である。一日一日が闘いである。芸術を見る時は、ある程度時間的に余裕がないと、落ち着いて見たり、考える事が出来なかった。時間が出来た晩年になり、「芸術」の大切さを認識するようになった。 社会発展のためには革新、競争は必要だが、「生きる」という本質は「芸術」にあるだろう。こういった事に気が付いて以来、着るものに気を付ける様になり、帰宅するとまずは「アイロン」かけする。これできりっと締まりが出るし、明日着て行くものが決まる。 着ているもので、気持ちが締まると、今度は中身もきりっとしようと思う。「毅然、整然、端然」という言葉が自然に出て来る。すると「ストア哲学」や「瞑想録」を書いた「マルコス・アウレリウス」的な考えに惹かれて行く。 周りに哲学、芸術にもっと優秀な方との出会いや、交わりがあれば、もっと自己を高める事が出来ただろうにと…幾分残念であるが。NYは博物館やSotherby’s Christie’sという有名なAuction Placeも多いので、もっと時間を割いて、参加したり、見学するには最高の「環境」にある。今後も興味を持ち、残された時間を有意義に使いたいと思う。
※ 物件によっては、既にレントされていたり、オファーが入っていたり、或いは売れている場合もありますので、ご了承ください。



