【国家は哲学(信条)と経済なり!】 一人一人の人格者が国家を作り、文化を作る。日本は明確な国体を持っている。天皇制であり、其の元に、「自由主義」があり、「資本主義」社会に属している。 とても稀な国である、全てを持っている気がする。特に現在の「天皇制」は国の象徴であり、天皇、皇后陛下は国民のために尽くされている。納得の行くものである。 そして何よりも民間は「自由」で何でも話し合えり、自分の才能を伸ばすだけの「場」があり、勉強して実力をつけ、「経済力」をつけたければ、自分を高め、目的遂行のチャンスは幾らでもある。 少子化と騒ぐが、大した事は無い。日本は8000万人でも多い位であろう。IT・AI関係の充実化で充分達成できる。今後も日本人の得意な「匠」の精神を磨き続けて、物造り「日本」を世界のLeaderとして継続していく事であろう。 それには常に他国からの「学び」を永遠に続け、「日本独自」のものをもっと【強め】て行くにある。国家の基幹は「経済力」であり、「哲学」(信条)と倫理がしっかりとあってこそである。 人間も下半身がしっかりしていなくては、動けない。この根幹の土台はどう生きるかの「哲学」(信条)であり、もう一方は現実的な「経済力」であろう。 国家の運営が上手く行っている時は「経済の繁栄」があり、社会が「正しい」価値観で運営されている時はバランスが取れている。人間も同様で、「如何に生きるか?」を考えて、様々な「学び」と共に、「経済力」を高めるにある。どの生き方の中にも「正しさ」があり、ここがしっかりとしていれば、全ての忍耐や、困難に耐えられるであろう。 そのためには常に自分を律して、「自律・自立」をする様に心がける事であろうと思う。最近は週末に「哲学書」を読み、考える事こそ、私に、生きる方向性と中身の濃い「確信性」と活力をもたらし、その後の5日間の糧になっている。
【センスーユニクロとポロスタイル/ToyotaとBMWの違い】 コロナ以降、着るものは買いは控えていた・・・・・?と言うか時代の流れがはっきりしなかったので、買えなかった。街中を歩くと皆最近シャツやスラックスが新しく買われている様に感じたので、久しぶりに簡単なシャツや半袖のものを買おうとユニクロを訪問した。 最近のユニクロの生地の【質】は抜群に良くなってきていて驚かされる。洗い心地がよく、アイロンを掛けなくてもぴしっとしている感じである。 半袖での流行りのものを買うつもりで、2回下見した。3回目で買おうとしたら、同じ様な半袖の色合いが今一つ納得いかない。Navyの紺のシャツを買うつもりであったが、理由はわからないが、近くにポロスタイルのシャツも置かれてあった。 ポロスタイルのシャツは「デザインが良い」のである。「センス」がある。生地はユニクロがいいのであるが、センスは抜群にポロスタイルが良い。ユニクロの製品を買うつもりが、センスの良さでポロスタイルの半袖を買ってしまった。ユニクロでユニクロデザインとポロデザインを並べて売っているが、ちょっとしたデザインの工夫では圧倒的にポロスタイルのデザインが良いのである。 ユニクロは胸にボタン付きであるが、ポロスタイルはボタン無しでセンスが良く新しい流れを感じさせる。日本の「センス」のなさは車にも言える。Toyota, Hondaのエンジンは良いが、デザインが酷すぎる。工場は日本であっても、デザイン関係はNYに住む人の感性を磨いて、携わって欲しいと思う。(アメリカ人かヨーロッパ人がデザインしているなら謝っておきたい。車のデザインの酷さは日本人だと思うが???) **(ポロはシャツのスタイルらしい。ブランドのPoloとは完全に違うらしい。しかし衣服業界を知らないものにはPolo Collectionとみて錯覚してしまった。) 私は信号待ちの時、車のエンジンの音とデザインに興味があり、意識して観たり、聴いたりしている。BMWやベンツのデザインは良い。一方目の前でToyota、Hondaが走り去って行く。何となくデザインがダサイのである。最近はHyundaiの方がデザインが良い。これらは「センス」の問題だろうと思う。(多分デザインは欧米系を雇っているのだろう。) 長い目で見れば、エンジンがしっかりしていて長期に活用できるのは効果的である。一方見栄えや、センスはそういう「感性」がないといけない。「センス」は重要だ。日本の製品はもっとセンスを磨いて欲しいと思う。 それにはNY、パリ、ロンドンなどのセンスの良い所に住んで、【感性】の良い所で、自然にセンスを磨くしかないだろう。センスを磨くには雰囲気のある場所や一流の人間が多いと思われる場所にいる様にすべきだろう。常に一流思考で、「センス」を磨き続ける事は、今の時代には特に重要であるように思う。
【感性を磨く】 最近、色んな分野で「感性」を磨く事の重要性に気づかされる事が多い。NYにいるからこそ見える景色もあれば、社会の在り方や流れが見えて来る事がある。 社会にしろ、個人の生き方にしろ、アメリカでは個人の「価値観」の変化が最近は特に顕著に感じる。結婚しなくなったり、離婚が多くなって、一人が寂しくなり、犬や猫を飼うと言う事が当たり前になってきたりする。 結局は人間の動向が社会基盤を形成して行く。従来からの価値観で物事を観るのではなく、今の社会の中で、見ていく事であろうか。 美しい、強い・・・・という従来からの価値観は時代の変遷を経ても変わらないものがあるが、着るもの、食べるものは時として変化する。NYは世界中の人の坩堝であるので、ここでの良いものや美しいものや価値観は世界に普遍化していく。 経済力と言うPowerであり、芸術と言う「美しさ」である。経済力があって、芸術がある。「経済と心」に余裕が出来た時に、「美」を意識する。それ故、【美は知性であり力】であろう。 NYに長年いて感じるのは人間は環境でかなり影響や支配を受けるという事である。良く自分自身の信念に従って生きよ!と言われる。やはり一流の雰囲気や人間の交流が磨かれてより良いものが身につく。 美術館や一流企業はまだまだNYに多い。それらを通して自分の「感性」を磨く事が一番楽しい。コロナ前までは男性はネクタイ着用は当たり前であったが、今は50歳未満の人は殆どネクタイをしない感じで、仕事に従事している。恐らくNYのみならず、世界の中心地、ロンドン、パリ、東京ではネクタイ無しが当たり前であろう。するとそれに合わせたファッションが出来上がる。これが面白い。 最近は以前以上に、着るもののコーディネートに関心が向く。これはこれで楽しい。
【米国の独立記念日ー1976-50年ー2026】 あの夜空の花火を見上げていたのは1976?だったのかな?と考え深いものがある。あっという間にもう50年である。当時は200年誕生祭と言われて、若い国だなあーと思ったものであったが・・・・・・。 わずか50年前なのである。200/250、アメリカの独立宣言から250年しかたっていないのである。そのうちの50年は私は米国にいたのだと思うと凄く感慨深いものがある。あっと・・・・言う間に「時間」は過ぎ去ってしまった。まさに光陰矢の如し!紅顔の美少年?が白髪の青年?になってしまった。 信じられない50年も米国にいたのかと????日本にいた時の倍以上を彼の地で過ごしたのである。日本も好きであるが、米国は私に多くの「幸運と恵み」を与えてくれた。もう感謝しかない。人生を賭けるに値する「国」であった。 チャレンジすればチャレンジしたものが返って来た。まさに「自由」の国であった。恐らく今後もそうであろう。社会主義や共産主義の国の方々からすれば、天と地である。アメリカはまだまだ開かれ開発されて行く。 移民を止めても幾らでも世界中からチャンスをめがけてやってくる。世界中で「アメリカ」だけである。私が理解できないのはなぜ日本だけをみて文句言っているのかと。若い時に勇気を持って一歩踏み出せば・・・チャンスは無限大にあるのに・・・・。 チャンスは自分の手でつかみ取らなくては人生ではない!。誰でもアメリカで一歩踏み出す勇気があれば・・・・「目標」とする「意志」があれば、必ずやり遂げる事が出来る。私を含め多くの先人が成し遂げてきた。子供達もここで【教育】を受けて、世界に向けて羽ばたいていった。 大人になった子供達からよく言われる、「俺達をここで、育ててくれてありがとう・・・・」と。これが何より嬉しい。「チャンスを与えられた!」と受け取っている様だ。不平や不満ではなくて、賛美してくれることに関して、間違っていなかったと確信できる。 人生は一回限りである。未来と言うチャンスに掛けてアメリカでチャレンジしてみたらどうだろう!!。この国は明確な「目的」と「Goal」があれば、誰にでも平等に開かれ、機会は与えられれている。是非チャレンジして欲しい。人生に後悔はない!!賛美だけである。God bless America!!!
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