【今年は「聴く」事を徹底したい。】 悪癖ではないが、米国に長く住み過ぎると、価値観や習慣の違いで思っている以上に困惑する事がある。日本にいた時はかなり「物静か」?な人物であったが、アメリカに来て、ユダヤ人弁護士さんと張り合うようになって、饒舌にしゃべるようになってしまった。 あるユダヤ人の弁護士さんと遣り合った時に、40分の時間中、35分位延々と彼が話す。途中反論しようにも・・・・、But・・・・と言い続ける。自分の主張だけで、こちらの言い分を全く聞かない。 こちらも初期の時は英語での説明も不十分だったので、聞くだけで終わりであった。それで兎に角「主導権」を取るために、もう最初から話す様になってしまった。結果は?どうであったか?60-40で主張したいだけ言い放った方が勝利した。 後年、アメリカ人から良くお前、日本人なのになぜそんなに話すのかと言われてしまったが、アメリカでは主張する事が「当たり前?」という風潮があった。日本的に物静かであれば、「意見が無い」ものだとみなされてしまう。今でもなかなかこの悪癖?習慣は治らない。 一番困るのは日本の方から「援護される時は凄い味方です。」と喜ばれるが、英語が良くわからない日本人の方には「話過ぎ」と言われてしまう。最近ある種の勉強会で、若い方(40-60歳)と話していて、貴方は知恵も経験もあって面白いが、もう少し我々の「話を聞いてください!」と言われて「はっと!」した。日頃から思っているのだが、遂、弁護士さんとやりあって闘っている自分の癖がなかなか治らない このユダヤ式を取り入れてからは70-30,80-20の割合で勝利する事が多くなって、日本的に、日本人の方々に「配慮」するという事がなかなか難しい。これを上手に分けられれば、最高なのだが・・・・。 Courtに行っても論理よりも、言った量が多ければ勝つチャンスも多い。兎に角やる時は常に「Evidenceと数字」がポイントになる。最近のプレゼンスは日米でも同様であろうが。価値観や、やり方が違えば、それなりに合わせて行く必要がある。 ここ数年は歳を取ってきた事もあろうが、アメリカ人と交渉していても出来るだけ、「聴く」様に心掛けている。相手にも話させて「満足感」を得てもらい、最後は論理とダメ押しで決着を付けると、短時間で、相手も納得する様だ。「相手を認める事」、相手の自尊心を鑑みる事の重要性に気が付いたからであろう。 最近は物事の「本質や結果」が見えてしまうので、【宇宙の法則】に則っ取って、「核心」だけを話す。相手に重要ではない事をじゃんじゃん話してもらって「満足感」を得てもらうと言うやり方がスマートで、結果が良い様に思う。 馬齢を重ねるに従い、賢くなって行く自分自身を振り返ると、「おお我なりに進歩してきたぞ」と時々ニンマリして密かに「笑い」が出てきて、自己満足している自分自身を見ていると可笑しくもあり、楽しくもある。 【今年は相手の立場で、もっと話を良く【聴く】、努力をして行こうと思っている。】
【文化とは信頼か?】 先日、大切な手帳を失くしたと思っていたが、返って来た。人のものは返却すると言う事は、かっては当たり前であったのが、最近は、一度失くすと返ってこない。もう何十年前になるが、公的な☎ボックスに手帳を置き忘れた事があった。数日してユダヤ人らしき方から電話があった。 今俺は、貴方の手帳みたいなものを持っているが、会いたいと・・・・。会うと$300くれと言う。なぜ?と思ったが、大切なものだったので、渋々お金を渡した。悔しかったので、15分位カフェで話して、彼の生い立ちを伺った。 父親はポーランドからのユダヤ系の移民であった。「お金」の大切さを徹底的に教えられていたのであろう。貴重なものには善意ではなく、人はお金を出すと・・・。 恐らく日本では考えられない様な事であるが、1970年代のNYは殺伐とした雰囲気もあった。東欧からのユダヤ移民も多く、白人社会の中では幾分異質であった。 その時に感じたのは、底辺から、或いは極貧民に近い所から這い上がってきた人間には、注意が必要だなと学んだ。我々、日本人とは異なる「価値観」がある。盗んだものでも自分のものにしてしまえば、「売る」事が出来ると。 この時に「文化」と「価値観」について考えさせられた。他人のものは「返す!」という日本人なら当たり前の事が、日本以外では「当たり前」ではないのであると。50年もNYに住んで、ビジネスをしてきて感じたのは、日常生活やビジネスは「信用・信頼」で成り立っているという事である。 「カード」社会はその【信頼】の上に成り立つ。中国、朝鮮、ベトナム、東欧、ロシア、中近東、南米系からの移民の方々の国の方には人のものを盗んでも??良いという「価値観」がまだ存在している様にも思う。 生活やビジネスやスポーツにも「ルール」がある。「ルール」とは「信頼」という「価値観」と共にある。そうして良き価値観こそ、モラルであり、倫理であり、道徳なのであろう。この「高さ」こそが【文化】であろうと思う。心とモラルと金銭の【余裕】が【文化】だと。 日本人として誇り高く、実力・本質を持ちながら、高い「価値観」を持って、日常の生活を全うしたいと思う。
【人生は誠実さと信頼か?】 最近、知人・友人と「人生」を語り合う事が多い。若い学生の時は未来や将来に向けての抱負であったが、晩年の「人生論」は物事の生業や経験、法則を俯瞰しての各自の意見交換みたいな感じである。 読書等とは違い。「人間観察」を通して皆が「結論」を出してくる。すると結局は【法則】に辿り着くのである。たとえば、「美しい」「正しい」「素直」「謙虚」「感謝」・・・・等であろうか。 その中で「人間として」と話し合うと最終的に人間の【誠実さ】と【信頼】に行きつく。これは頭が良い、仕事が出来る以上のものである。今迄、仕事が出来て頭が良いと言われた人間に、どれだけ裏切られて来ただろうか。 中国、明の時代の思想家、呂新吾が「呻吟語」の中で大一級の人物は【深沈厚重】であり、【「聡明才弁】なるものは第3であると言い切っている。つまり誠実で信頼性のある厚重で深く尊敬できる人物であれ!】と言っている。 最近はソフトで線が細くて如才ない人が用いられる傾向にあるが、やはり、逃げる事なく、全てを受けて行く、時には忍耐強く、我慢でき、間違っている事は、間違っていると勇気を持って言える人物であろうか。 結局「誠実」とはそういう事を言っている。そうして右顧左眄する事なく、「正しい事」を堂々とやっていく人物こそ「信頼」にたゆるものであると・・・・。時代を問わない。人間の生き方であり、有り様である。 ビジネス、商売をやっていると、常に損得勘定がある。又相撲を見ていて、横綱は堂々と踏み込んでいるのに左右に飛び跳ねたりしても1回は勝っても2度、3度はない。負け続けても堂々と勝つまで、正面からあたって勝つまでやり続ける事だろう。 人生は何をやっても辛く、厳しい。其れである以上、なおも【誠実で信頼】を得るまでやり続ける事であろう。誰も見ていなくても「天国の神様」が見ている。誰かが障子や襖の陰からみている。正しいものは勝利し、盗人やごまかしは何時かは表面に出る。これは「100%」間違いない。これらは逃れる事は出来ない。どんな状況であれ、「正しさ」と、「誠実」さは必ず「信頼」を得て行く事は確実であろう。 人生は最後迄、「深沈厚重」を持って、堂々と生きたいものである。
【経験は「資産」であり、それを活かして何時でも何でも「挑戦」出来る!!】 新年明けましておめでとうございます。 NYの元旦は物凄く「晴天」で、空を見れば青々しく、今年はやれるぞ!と言っている様で嬉しく成ります。少し肌寒いですが、丁度良い位に身体が引締まります。 今年も何かに「チャレンジ」出来そうです。馬齢を増す毎に「好奇心」が増えて行く様な感じです。晩年程素晴らしいものはないと。今迄の多くの失敗、成功という「資産」が十分にあるからです。 経験・体験を論理化し、数値化して今迄の人生をクリアし、整理する事で、断捨離の徹底、出来るだけ身軽にして、必要な物だけを残して「熟考」し、「直感」を研ぎ澄まし、今後の3年-5年、何をすべきかを散歩の中でも至る所でも考え、今まで確立してきた、良き「習慣」をいかし、物事の「法則」に則り、ゆっくりと「毎日」を実践して行きたいと思っています。 天気が良いと気持ちが爽やかになり、何でも出来そうな気がしますね。「好奇心と挑戦!」これらは年齢は関係ない!と。思った時、閃きの「今」があれば良いと思っています。物事を俯瞰して、人がやっていないもの、手薄な所を見付ける事であろうかなと・・・。 日本というブランドを’使っても良いし、今まで40数年やってきた「不動産」でもいいし、Stockに挑戦するのでもいいだろうと。客観視して、自分の【強み】は何かを分析する事であろうと思っています。 兎に角「手薄」な分野、場所を見つける事でしょう。NYはビジネスの「宝庫」であるから何でもやると決めて、明確な目的と意志を持ち、「成功するまで」諦めない限り、必ず達成します。人間には「不可能はない!」と言い切る事が出来るし、此れ数々の失敗したのは、中途半端で明確な意志がない時であり、「リサーチと準備」が十分でなかったからだろうと思っています。 神様は多くの失敗という「財産」を私に与えてくれた。それは最後に人生の「大成功」をするために私に与えてくれたものであろうと思い、与えられた全てに【感謝】しています。これからやろうとするものを慎重に吟味して、数々のデーターと数値を徹底的に分析し、過去・今をきちんと冷静に分析する事で、未来を決定して行きたい。やる事が明確になれば、戦略、人脈を生かして「継続」と「集中」をし、「諦めず」、倒れそうになっても必死に食らいつき、Goal迄完走したい。人生最後の総仕上げであるでしょう。今、最もワクワクしている。 「知的欲求」を満たし、日々努力したいという「気持ち」が、今年は益々高まりそうな気配です。
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