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SAKAI FUDOSAN NEW YORK BLOG
【ユニクロは時代の流れに沿っているー成功は間違いないであろう!。】
Wed, January 28, 2026 18:27

【ユニクロは時代の流れに沿っているー成功は間違いないだろう!。】 NY5番街の「ユニクロ」を見ていると「時代の流れ」「時代の変化」に上手に適応しているように感じられる。同じ番所に老舗のブルックスブラザーズが出店していたが、(時代の変化に適応できず。閉店してしまい)、その後に「ユニクロ」が開店した。 開店した当時はいけるかな?と思っていた。最初の客層はアジア系、特に中国からの移民の人が多かった。中国にも出店されていたので、抵抗なくお買いになったのだろう。 当時は老舗でまさに白人の百貨店「ブルックスブラザーズ」がメインであり、価格の面で3倍以上のプライスラインと形式ばったフォーマルスーツが流行っていた。 しかしコロナ以降]は時代が変わり、もうスーツを着ている方はお歳よりの55歳以上であり、ビジネスの中心の30-50代はラフな感じでネクタイはしない。私ですらもうネクタイはしていない。老舗の専門店や百貨店が倒産するのは仕方がないだろう。「変化」に適応できなくなった生物は消えて行く・・・自然界の法則である。(老舗という言葉は物造りや特別な職人をかかえて、「伝統」を守っている業種は強い。) ユニクロ衣料の「質」が良く、軽くてファッショナブルである。私ですら2週間に一回は立ち寄る。入ると手頃な値段であれば、買ってしまう。ブルックスブラザーズの時は3度見て漸く買っていたのに、質も良く、値段もリーズナブルであれば誰でも買うだろう。 今後は日本のワークマンももっと伸びるだろう。(将来性があるから株は買っておいたら良いと思う。) ユニクロは「Toray」と組んだのが良かった。これも一つの縁であり、運であろう。柳井家は代々良い事をしてきたのだろう。Torayは繊維だけでなく、宇宙開発にも関与して行くので、益々伸びると思われる。 コロナの後は大変だろうと第3者的に見ていたが、「コロナ」を境いとして衣料界が劇的に変わり、「軽く」て「質」がよく「ファッション性」があるものが受け入れられたのであろう。 アメリカは「物を造る」という作業を放棄して、丸投げで「中国」に移してしまった。これが「大失敗」の原因である。今の中国では「質」の追求は無理である。頭にあるのは、「安く」しかないから、アメリカ中流社会が遡及する質とファッションの「本質」には適合しない。先日も昨年買った寒い時用のジャンパーを着ようと思って、取り出してみたらジッパーがもう壊れている。使い物にならない。(中国製はやっぱりかとがっくり・・・) 車も同様で中国車とToyotaの車では作りが違う。「ユニクロ&Toray」で質と軽さとファッション性で、安い、悪い中国製を駆逐して欲しい。 先日平日なのに立ち寄ってみたら意外に顧客が多いし、店員さんも良いサービスをしている。全ての質があがっているように見受けられた。2階にCoffee Shopが新しく出店していた。残念ながらRichyな深みのコーヒーでなかったのは、今後の改良・改善すべ点だと思った。他の点は数年前より格段に進歩している。恐らく今期も爆発的な利益をあげるだろう。プライスラインも1年前の$19,95から$29-39-49-59と上手にPriceと商品がマッチしていた。マーケティングがかなり進歩したような感じを受けた。 今「日本ブランド」は最高の時である。アメリカ人は「日本ブランド」はもう抵抗なく買う。良いものをリーズナブルな価格で提供して行けば、今後益々発展するだろう。ユニクロ的な企業がもっとNYやアメリカにやってきて欲しい。これからの10-20年は「日本」の時代であろうと思う。

【今年は「聴く」事を徹底したい。】
Sat, January 24, 2026 20:38

【今年は「聴く」事を徹底したい。】 悪癖ではないが、米国に長く住み過ぎると、価値観や習慣の違いで思っている以上に困惑する事がある。日本にいた時はかなり「物静か」?な人物であったが、アメリカに来て、ユダヤ人弁護士さんと張り合うようになって、饒舌にしゃべるようになってしまった。 あるユダヤ人の弁護士さんと遣り合った時に、40分の時間中、35分位延々と彼が話す。途中反論しようにも・・・・、But・・・・と言い続ける。自分の主張だけで、こちらの言い分を全く聞かない。 こちらも初期の時は英語での説明も不十分だったので、聞くだけで終わりであった。それで兎に角「主導権」を取るために、もう最初から話す様になってしまった。結果は?どうであったか?60-40で主張したいだけ言い放った方が勝利した。 後年、アメリカ人から良くお前、日本人なのになぜそんなに話すのかと言われてしまったが、アメリカでは主張する事が「当たり前?」という風潮があった。日本的に物静かであれば、「意見が無い」ものだとみなされてしまう。今でもなかなかこの悪癖?習慣は治らない。 一番困るのは日本の方から「援護される時は凄い味方です。」と喜ばれるが、英語が良くわからない日本人の方には「話過ぎ」と言われてしまう。最近ある種の勉強会で、若い方(40-60歳)と話していて、貴方は知恵も経験もあって面白いが、もう少し我々の「話を聞いてください!」と言われて「はっと!」した。日頃から思っているのだが、遂、弁護士さんとやりあって闘っている自分の癖がなかなか治らない このユダヤ式を取り入れてからは70-30,80-20の割合で勝利する事が多くなって、日本的に、日本人の方々に「配慮」するという事がなかなか難しい。これを上手に分けられれば、最高なのだが・・・・。 Courtに行っても論理よりも、言った量が多ければ勝つチャンスも多い。兎に角やる時は常に「Evidenceと数字」がポイントになる。最近のプレゼンスは日米でも同様であろうが。価値観や、やり方が違えば、それなりに合わせて行く必要がある。 ここ数年は歳を取ってきた事もあろうが、アメリカ人と交渉していても出来るだけ、「聴く」様に心掛けている。相手にも話させて「満足感」を得てもらい、最後は論理とダメ押しで決着を付けると、短時間で、相手も納得する様だ。「相手を認める事」、相手の自尊心を鑑みる事の重要性に気が付いたからであろう。 最近は物事の「本質や結果」が見えてしまうので、【宇宙の法則】に則っ取って、「核心」だけを話す。相手に重要ではない事をじゃんじゃん話してもらって「満足感」を得てもらうと言うやり方がスマートで、結果が良い様に思う。 馬齢を重ねるに従い、賢くなって行く自分自身を振り返ると、「おお我なりに進歩してきたぞ」と時々ニンマリして密かに「笑い」が出てきて、自己満足している自分自身を見ていると可笑しくもあり、楽しくもある。 【今年は相手の立場で、もっと話を良く【聴く】、努力をして行こうと思っている。】

【文化とは信頼か?】
Sat, January 17, 2026 18:22

【文化とは信頼か?】 先日、大切な手帳を失くしたと思っていたが、返って来た。人のものは返却すると言う事は、かっては当たり前であったのが、最近は、一度失くすと返ってこない。もう何十年前になるが、公的な☎ボックスに手帳を置き忘れた事があった。数日してユダヤ人らしき方から電話があった。 今俺は、貴方の手帳みたいなものを持っているが、会いたいと・・・・。会うと$300くれと言う。なぜ?と思ったが、大切なものだったので、渋々お金を渡した。悔しかったので、15分位カフェで話して、彼の生い立ちを伺った。 父親はポーランドからのユダヤ系の移民であった。「お金」の大切さを徹底的に教えられていたのであろう。貴重なものには善意ではなく、人はお金を出すと・・・。 恐らく日本では考えられない様な事であるが、1970年代のNYは殺伐とした雰囲気もあった。東欧からのユダヤ移民も多く、白人社会の中では幾分異質であった。 その時に感じたのは、底辺から、或いは極貧民に近い所から這い上がってきた人間には、注意が必要だなと学んだ。我々、日本人とは異なる「価値観」がある。盗んだものでも自分のものにしてしまえば、「売る」事が出来ると。 この時に「文化」と「価値観」について考えさせられた。他人のものは「返す!」という日本人なら当たり前の事が、日本以外では「当たり前」ではないのであると。50年もNYに住んで、ビジネスをしてきて感じたのは、日常生活やビジネスは「信用・信頼」で成り立っているという事である。 「カード」社会はその【信頼】の上に成り立つ。中国、朝鮮、ベトナム、東欧、ロシア、中近東、南米系からの移民の方々の国の方には人のものを盗んでも??良いという「価値観」がまだ存在している様にも思う。 生活やビジネスやスポーツにも「ルール」がある。「ルール」とは「信頼」という「価値観」と共にある。そうして良き価値観こそ、モラルであり、倫理であり、道徳なのであろう。この「高さ」こそが【文化】であろうと思う。心とモラルと金銭の【余裕】が【文化】だと。 日本人として誇り高く、実力・本質を持ちながら、高い「価値観」を持って、日常の生活を全うしたいと思う。

【人生は誠実さと信頼か?】
Sun, January 11, 2026 4:56

【人生は誠実さと信頼か?】 最近、知人・友人と「人生」を語り合う事が多い。若い学生の時は未来や将来に向けての抱負であったが、晩年の「人生論」は物事の生業や経験、法則を俯瞰しての各自の意見交換みたいな感じである。 読書等とは違い。「人間観察」を通して皆が「結論」を出してくる。すると結局は【法則】に辿り着くのである。たとえば、「美しい」「正しい」「素直」「謙虚」「感謝」・・・・等であろうか。 その中で「人間として」と話し合うと最終的に人間の【誠実さ】と【信頼】に行きつく。これは頭が良い、仕事が出来る以上のものである。今迄、仕事が出来て頭が良いと言われた人間に、どれだけ裏切られて来ただろうか。 中国、明の時代の思想家、呂新吾が「呻吟語」の中で大一級の人物は【深沈厚重】であり、【「聡明才弁】なるものは第3であると言い切っている。つまり誠実で信頼性のある厚重で深く尊敬できる人物であれ!】と言っている。 最近はソフトで線が細くて如才ない人が用いられる傾向にあるが、やはり、逃げる事なく、全てを受けて行く、時には忍耐強く、我慢でき、間違っている事は、間違っていると勇気を持って言える人物であろうか。 結局「誠実」とはそういう事を言っている。そうして右顧左眄する事なく、「正しい事」を堂々とやっていく人物こそ「信頼」にたゆるものであると・・・・。時代を問わない。人間の生き方であり、有り様である。 ビジネス、商売をやっていると、常に損得勘定がある。又相撲を見ていて、横綱は堂々と踏み込んでいるのに左右に飛び跳ねたりしても1回は勝っても2度、3度はない。負け続けても堂々と勝つまで、正面からあたって勝つまでやり続ける事だろう。 人生は何をやっても辛く、厳しい。其れである以上、なおも【誠実で信頼】を得るまでやり続ける事であろう。誰も見ていなくても「天国の神様」が見ている。誰かが障子や襖の陰からみている。正しいものは勝利し、盗人やごまかしは何時かは表面に出る。これは「100%」間違いない。これらは逃れる事は出来ない。どんな状況であれ、「正しさ」と、「誠実」さは必ず「信頼」を得て行く事は確実であろう。 人生は最後迄、「深沈厚重」を持って、堂々と生きたいものである。

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