【移民とアメリカの変容】 今日郊外のWhite Plainsにある、自動車関連機関の所に行って一段と驚かされた。ここ3か月の間に、似たような事を何処でも経験する。スーパーに行き、英語で話しかけると「NO English」と言って言葉が返ってくる。色んな場所の下働きの場所はもう殆ど「白人系」の人は見かけない。昨日も来月の「定期」を買おうと思って駅の窓口に行くと黒人系の女性の方であった。 昨年位迄はまだ白人系の方々見られてほっとしたものだが・・・・。今日車の保険の事で、そういう機関を訪れてびっくりしたのは、受付や担当者の方は皆南米系の方々で、白人のスーパーバイザーらしき人が一人であった。 色んな分野で、特に今迄「サービス」部門はニコニコ顔の白人女性であったが・・・・。色んな方が平等に仕事につけるのは素晴らしい。一方、これで大丈夫かという「不安」もある。白人の方々が持っていた「民度」と黒人系、南米系、中国系の方々の「民度」は異なるので、今迄と同じ気持ちで「サービス」を期待しないで、クールに状況を把握する事であろう。もう「技術力」といったら、かなり低下しているので、Made in USAであれば、凄く気をつけなくてはいけないだろう。 クルマのDealerの所にRepairしてもらうために車を持って行く、「半分仕事」みたいな感じも多いので、何度も説明し、繰り返しCheckしなくてはいけなので、疲れる。日本人には当たり前が、ここでは当たり前ではないのである。(かっては、白人のRepair Shop等は「信用」が出来たので、OKという事は完全に修理されているという事であった。) 移民さんのお陰で、従来の「アメリカ」を期待する事無く、現在は1,3流、1,5流のアメリカである事を認識して、物事に取り組む必要があるだろう。何時もここで、取り上げるのであるが、「English」という媒体が出来れば、幾らでもチャンスはある。今後ますます、Englishでの「知識・知性」重視の産業に転換して行くだろう。(Paper work, IT関係の多くは) とても残念でたまらないのは、日本は「民度」「躾」「技術」「知識」はAクラスなのに、Englishという「道具」を上手に使いこなせないので【Z】なのである。殆ど無口と言っても過言でない。 日本は全体として優秀であるが、Englishが出来ないが故に、50,60歳を過ぎるとアメリカで過ごせなくなり、心地よい【日本】にお帰りになるのである。なぜもっと溶け込めないか?これは「教育」が間違った方向でなされているからであろうと思う。野球選手でもスーパーの店員さんでも何処でも南米から来た人達がアメリカで生き延びているではないか。最近は米国のスーパーでは時々店員として韓国の方々も見かける。(彼らは永住しようとして、米国社会に溶け込もうとしている。)もう殆ど毎回のように書いているが、受験勉強もいいが、最低南米系のお方と同じ位のレベルの「英語力」をつける【教育】を付けて欲しい。 【移民・アメリカの変容・English】は今後も話題となるであろう。65歳以上の「良きアメリカ」を経験したアメリカ人の方々には「アメリカの変容」と価値観には過ごしにくい様な気がするが・・・・。「移民の国アメリカ」としては当然かも知れないが・・・・。これも今後のアメリカに前向きな挑戦と受け止めて、Positiveに解決して行こうとする自分自身がある。

【一日を愛を持って、丁寧・誠実に・・・】 一昨日は凄く寒かったので、ほぼ夕?8時に就寝した。お陰で、真夜中1時ごろに起きてしまった。すると不思議なもので、「愛と丁寧と誠実」に生きようという考えが浮かんだ。するとそのままの「気持ち」を書いておきたくなった。多分前日に探しても探してもみつからなかったKeyが、帰宅の時に車から降りたら、雪解けの中から落ちているkeyがみつかり、(朝かなり雪が降り、あわてて雪かきをした)神様に自然に「ありがとう」の言葉が出たからであろうか。 最近はこういうことが多くなってきた。かなり気をつけて鍵や財布や携帯は同じ場所に置く様に心がけてはいるが・・・。人間は嬉しい、幸福、充実を感じた時は凄く満足感がある。毎日の小さな「歓び」こそ生きる源泉となると心から躍動を覚える。嬉しいのである。子育てする時に「褒める」事で、子供は成長して行くのと同様であるろうか。 【愛】という言葉は生きる全体を表している。身体全体からこれが満ち溢れていたいものである。常にこれを心から感じていたい。愛を持つと同様に、今日一日を【丁寧に誠実】に生きたいと言う気持ちも同時に持ち上がる。これが嬉しいのである。【人生は芸術である。】というのが私のモットーであるから、これらが「無意識」として浮かび上がる時は本当に嬉しい。 こういう気持ちを持っていると、知人や会う方々に何かしてあげたくなる。先日もなにげない気持ちである有名な専門店に入った。冬物のセーターがセールになっていて、ほぼ半分のプライスであったので買ってしまったら、急に知人にも贈りたくなって3着買ってしまった。不思議なもので、これをもらったら嬉しいだろうなあーという気持ちが湧いてきた・・・・。無意識の「愛」かもしれない。母親というのはこういう気持ちかなとも思った。 人の事を思い、愛を感じる時は満足感がある。そういう時は自然に「丁寧に誠実」に生きたいと言う想いが自然に湧いてくる歳になってきた。人に何か貢献する・・・・神様に何かお返ししているような気持になる。こういう時に神様と「対話」している自分がいる。恐らく今日の一日は充実しているだろう。 日々の「小さな」想いが、小さな「言動」になって雪だるま式に、少しづつ成長して行く自分がいる事が本当に嬉しい。今日も新たなる一日、「小さな作品」をしっかりと描きたいと想う。
【世界の中の日本を意識せよ!!】 日本国及び、日本人は素晴らしい国であり、民族であると思う。「アングロサクソン・ユダヤ民族・日本人」の三つの民族が今の世界の中枢であると言っても過言ではないだろうと思う。少し前の第二次世界大戦前までは英国中心のヨーロッパであり、米国、戦後は、世界の中で秀一のアメリカ系ユダヤ民族、それに和の精神を持ち、優秀な「民度」【モラル】を持つ、日本人である。日本は1868年に開国して以来、西洋の文化、技術を取り入れて、約150年位になる。開国して約70-80年で欧米と戦える迄の力を付けたのである。 残念な事に急ぎ過ぎた。もっと歴史を学び、史観の確立からすべきであったと思う。第二次世界大戦のお陰で、アジアの多くの国々がヨーロッパの植民地から脱出する事が出来た事に、もっともっと注目すべきであろう。自虐的な考えを捨てて、もう一面の良さを見るべきであろう。逆にここをもっと世界にアピールすべきだと思う。(こういうのはユダヤ民族やや中国は上手い。) 日本人は明確な目標や同じ価値観を持てば強い。冷静に分析して「強さ」をもっと強めるべきではないだろうか。2000年以降ではユダヤ系アメリカ人についでの自然科学でノーベル賞が多いと言われている。科学的には素晴らしい発展し、世界に貢献している。問題はコミュ力が足りないのである。つまり世界は今は【英語】が世界語(国際語)なのである。なぜもっとこの分野に目を向けて方向性を示さないのか?不思議でたまらない。 かっての英国、今の米国をみれば明らかである。「English」こそが世界を目指すには最低限必要な道具であろう。どの分野でも常に「世界チャンピオン」に目指せと言いたい。それには「英語」という道具を使いこなす事であろう。もう東大を目指すのではなく、Harvard, Yale, MIT,Stanfordなのである。 お金を稼いだら【教育】にお金をつぎ込む事である。歴史を振り返れば歴然としている。アングロサクソン、ユダヤ人、皆セオリーにかなったやり方(法則)で世界を牽引してきた。其れは「教育」にエネルギーやお金を注入してきたからに他ならない。今後は英国の植民地であった【インド】が素晴らしい発展をするだろうと思われる。なぜなら【英語】が出来るからである。今年のハーバードの卒業式の総代のスピーチはインドの女性だった様に思う。 そして日本国の首相となる方は留学経験があるか、英語圏で生まれて中学位迄、英語で学び、日本に帰国した人が、東大や京大を出て、最終的に、国家の運営に携わるというシステムを構築すべきであろう。通訳なんて言う言葉はもう「廃止」すべきと思う。日本に魅力があれば、英語を話せる、書ける方々が日本にやってくる。中国など民度の低い連中が幾らやってきても殆ど意味がないだろう(中国が民度(世界ののモラル)をあげるのに200年はかかるだろうと思う。) 移民はいらないし、日本国の3-4%で十分である。それも「民度」があると思われる、資格のある方であろうか。非常に残念なのは、技術者、発明が素晴らしい日本なのに、国家のTopとなる首相や、閣僚になる方々が、私利私欲で「国家の経営」に携わっているのをおかしいと思わないのだろうか?とにかく世界的な視野での「勉強不足」に尽きる。 学校での知識の「学び」は凄く大切であるが、何処かで、組織の運営のTopを学んできて欲しい。世界を俯瞰して、実戦での判断、特に「決断力」を磨いて欲しい。私は歴代の首相では「中曽根首相&田中角栄首相」の様な方を理想とする。中曽根氏は論理的で世界を俯瞰し、物事や国家の本質、国家運営とは何かと常に勉強していたし、田中角栄氏は社会と人間の在り方を実践し、お金と人の使い方が上手く、【決断力】が優れていた。理想ではあるが・・・・・。 お亡くなりになった東京都知事であった石原慎太郎氏も総理大臣になってもらいたかった人物であった。国と国民を守り、世界に通用する日本をもっと上手に導いて欲しい。しっかりと勉強して、【世界の中での日本】の首相として馳せるに値する首相の待望を願ってやまない。 **政治家になる方は【西郷南洲翁遺訓】を読んで欲しい。国家運営とは、【無心】でやる事であると思うからである。
【自己のブランドを創れ’!】 昨日は風があったが晴れていた。外は凄く寒かったにも拘わらず、毎週やっている「テニス」に出かけた。これは「生活」の中の「ルーチン」である。寒いから来ない、やらないではない。決めたら【成功する迄】徹底してやると言う「自己の哲学」である。 晴れていれば必ずやるという「信念」を持つ。人生は常にTop、「一流」を目指すというモットーは変わらない。それは「やり続けるという事」である。人生は生きている以上は「向上する」というストイズムが必要である。 私はギリシャ哲学者の中では、皇帝であった「マルクス・アウレリウス」が好きで、週末の「本屋&カフェ」でギリシャ哲学から入る。身が引き締まって気持ちが良い。生きる事の「本質」を示唆してくれる。 西洋の「強さ」と「本質」に惹かれる。東洋とは違う「価値観」が魅力的である。又日本的なファジーではないものの良さである。西洋の価値観は東洋や日本的な価値観で見る事無く、宇宙・自然・科学・哲学・社会・人間とは・・・という問いかけで理解して行く。 論理・本質・客観性は好きな言葉であり、物事の「考察・洞察」を基本として理解する。それ故に「数字とデーター」は常にある。物事を理解する時に「歴史」と記録と言う「事実」「数字」をしっかりと考察する。 昨日は数冊読んだ中から、「気付きとヒント」をもらった。それは数冊目で「Trump」を読んでいた時に閃いた。彼は既に自分自身の「ブランド」を確立している。ブランドとは格調高いものだという「先入観」があったが、「人生とは【芸術】である。」という私のモットーからすれば、「人生とは自己のブランド創り」ではないかとふと思った。私は文章の後に【Sakai】と書く。恐らくアメリカに長くいる間に、日本語で書くにしても、私は日本ではなく海外に住んでますと言う自己表示かも知れない。何時からと言う事なく、恐らくアメリカ生活が30年近くになった頃に、自然にそうなったのではないかと思う。 弊社の名前も「Sakai不動産」としている。Googleで探索してもわかり易く、日本にある会社ではありませんという意志表示である。NYでは[Sakai Organization Inc]としている。これは[Trump Organization]にならってつけた。昨年までは56丁目のMadison AveのTrump Towerの直ぐ近くにオフィスを30数年設けていた。 私はTrump大好きである。風貌や’物事の考え方が皇帝アウレリウスに似ているのである。(顔つきは彫が深い)私は「実務家」が好みである。アメリカにしろ、日本にしろ、【実力】があり、「強さと賢者」に惹かれる。言葉だけの人間は殆ど興味はない。今のアメリカはソフトが重んじられるので、偽物の日本もそれに追随ている様に感じられる。中華の王陽明ではないが、「理論=実践」者でなくてはTopとして認める事は出来ない。私もそれに憧れて人生をやってきた。 又ビジネスの上で3回もDonald Trump氏にあったのも影響しているかもしれない。Trump氏の生き様や書物から、生きる事は「Sakai」というブランドが恥じる事無く、整然と生きるものであると昨日瞬時にして閃いた。日本的には「謙虚」さが必要であるが、アメリカ、西洋的には自己のブランドこそ、「自主独立」に繋がり、自信を持って、今後も発信すべきという想いに至ったのである。 それ故に自己のブランドに恥じぬ、「Sakai」を強く、【Sakai不動産】として、Trump氏の様に、優雅・上品に創り上げたいと思う。
※ 物件によっては、既にレントされていたり、オファーが入っていたり、或いは売れている場合もありますので、ご了承ください。