【ビジネスは「質」であり、人間性は「信頼」である。】① 今朝起きたら「質」と「信頼」という言葉がふとよぎった。恐らく長年、「潜在意識」として脳に組み込まれていたからであろうか。最近自分でNY5番街の「ユニクロ」での冬用の寒さしのぎのズボンを買った。思った値段より安く、手触り、肌触り、履きやすさをみてみるとかなりの満足感はある。 ユニクロ製品は今後「世界中」で買われる事は間違いないだろう。社長の柳井さんは人生75年、ビジネス50年を掛けて、世界のTOPに立たれた。日本人としても誇りであり、「流石!」「あっぱれ!」と言いたい。 日本の「文化」は、かっての英国人や古き良き米国人の「文化」にある程度追いついてきた感じがする。「質」と「信頼」は【文化】である。日本の「侍魂、職人気質」は職人文化のドイツを超えたのではないか。 国の根幹は「物造り」であり、それが、文化、文明へと昇華して行く。日本が30数年?前に欧米から認められて参加したG7も「物造り」の文化という実績があったからであろう。私が1970年代後半にユダヤ人から強制的に買わされた、7番街Macy百貨店近くの「繊維工場」もそれなりに白人経営できちんちんと運営されていた。白人ではあるがユダヤ系ではあったが・・・・。 今振り返ってみると、白人連中は「嘘」や「安物」を極端に避けていた。中国の「安さ」が入ってきてから、米国の「物造り」が衰退し始めたのだ。つまり、「悪貨が良貨を駆逐」しはじめて、物造りの企業が廃業に追い込まれてしまったのである。 この点、創業者の柳井さんは「安さ」より「質」にこだわり、良き品質とリーズナブルな値段で、お客様が求める「本質」を理解して、実践されたのは素晴らしい事だと思う。 先日You Tubeをみていたら今厳冬の中で。アメリカ・コロラドでは日本の「スバル」自動車がバカ売れしているとか。とにかく壊れないで、どんな雪の処でも活用できると。 面白いのはスイスで、ドイツの車、Audiやベンツしか信じていなかった連中が、新車のドイツ車が前と違い即壊れる様になり、$60,000で買ったが3回の修理で450万かかり、仕方なく、その期間中、日本から中古車を提供されて使ってみると5年物であったが、修理なし、どんな山でも登って行ったらしい。 そんなスイスでさえ、日本車の「Subaru」は見直されているのである。スイスやドイツは異様な位に「質」に拘る。それが世界から時計は「品質」のスイス、車はドイツのベンツと言われるようになったのだろう。 ドイツの失敗は政治的配慮で部品のサプライチェーンを「中国」に依頼したからだろう。今の中国はまだまだ「安い」という意識しかないから、高級な品質のものは作れないだろうから、「要注意」である。出来るだけ、日本で作り、半分は中国以外で作るのが解決策であろうと思う。中国やロシアに「品質」という「文化」はない。 日本の経営者が未だに「中国」詣でになって居る事自体、勉強不足であろうと思われる。客観的に冷静にみれば、まだまだ中国は2流、3流である。最低100年はかかるし、多分その先はないと思われる。私はもう35年以上中国や中国人を「信用」していない。それ故、殆どビジネスをしない。白人の持つ「価値観」がないし、通用しないのである。 納期を守らないし、自分のミステイクを認めないで、自分たちの「価値観」でやろうとする。中国や朝鮮、ロシアには「信用」「信頼」という文化がないから、近づかないのが一番であろう。 人間性、国家、文化は【信頼】&【信用】である。
【読書こそが「金山」である。】 父の教えの「読書」こそがお金を産む!と。人生を振り返ってみると正にそうである。凡人は「読書」という金山を掘りおこす道具を使いこなせるかどうかである。 書物には「全ての法則」が埋まっている。松下幸之助さんは「人間」から学ばれた。それ故、私は【「書物」と「人間」】から学べと言いたい。勿論、自然や社会、科学、数字からの学びも多とするが・・・・。 「学び」は何処にでもある。「生きる」中で、「学ぼう」という意欲がある限り、人間は進化し、向上して行く。これが楽しい。私は趣味より、「啓蒙」と「向上」が知的で満たしていく過程が何よりも楽しい。 「考える」「論理的「数字的」・・・・何でも分析し、理解し、問題を解決する事で【知】を満たす。昔「アーサー・リトル」という今のコンサルチングの基を作った人が、「科学を使えば、全てが可能になる。/問題を部品に分析すれば、どんな問題も解決出来る」と言っていたが、まさにその通りである。 Consultingとは全ての「法則」を理解して回答を見つけて行く。今はこれが面白い。若い時は「読書」であり、今は「分析」して、「法則」をみつけて、解答を見い出していく、知的な作業がより楽しい。 読書は「考える」ヒントをくれる。面白いもので、ある事を考えている時、何気ない一言、一行に惹かれる。本の内容とかけ離れているが、別の見方が、こういうやり方もあるな・・・と、頭脳を刺激する。これが良い。 眼の手術をして好きな「読書」が出来ないのが残念であるが、お陰で「思考」が深まってきたような気がする。人間は面白いものである。何処かが不都合になれば、他のもので代替が出来るのである。 余り読書するな!休めと言う事である。その代わり「考える」事に「深み」を移せと言う事であろうか。不便と思う事があるお陰で、何か別の事を考える事が出来ると言う事だろう。 私は不便や不満を感じる時はこれは【チャンス!】と考えるようにしていると結果としてそのお陰で、上手く行く事の方が多い。全ては考え方次第であり、心の持ち方次第と言う事だろう。’
【ユニクロは時代の流れに沿っているー成功は間違いないだろう!。】 NY5番街の「ユニクロ」を見ていると「時代の流れ」「時代の変化」に上手に適応しているように感じられる。同じ番所に老舗のブルックスブラザーズが出店していたが、(時代の変化に適応できず。閉店してしまい)、その後に「ユニクロ」が開店した。 開店した当時はいけるかな?と思っていた。最初の客層はアジア系、特に中国からの移民の人が多かった。中国にも出店されていたので、抵抗なくお買いになったのだろう。 当時は老舗でまさに白人の百貨店「ブルックスブラザーズ」がメインであり、価格の面で3倍以上のプライスラインと形式ばったフォーマルスーツが流行っていた。 しかしコロナ以降]は時代が変わり、もうスーツを着ている方はお歳よりの55歳以上であり、ビジネスの中心の30-50代はラフな感じでネクタイはしない。私ですらもうネクタイはしていない。老舗の専門店や百貨店が倒産するのは仕方がないだろう。「変化」に適応できなくなった生物は消えて行く・・・自然界の法則である。(老舗という言葉は物造りや特別な職人をかかえて、「伝統」を守っている業種は強い。) ユニクロ衣料の「質」が良く、軽くてファッショナブルである。私ですら2週間に一回は立ち寄る。入ると手頃な値段であれば、買ってしまう。ブルックスブラザーズの時は3度見て漸く買っていたのに、質も良く、値段もリーズナブルであれば誰でも買うだろう。 今後は日本のワークマンももっと伸びるだろう。(将来性があるから株は買っておいたら良いと思う。) ユニクロは「Toray」と組んだのが良かった。これも一つの縁であり、運であろう。柳井家は代々良い事をしてきたのだろう。Torayは繊維だけでなく、宇宙開発にも関与して行くので、益々伸びると思われる。 コロナの後は大変だろうと第3者的に見ていたが、「コロナ」を境いとして衣料界が劇的に変わり、「軽く」て「質」がよく「ファッション性」があるものが受け入れられたのであろう。 アメリカは「物を造る」という作業を放棄して、丸投げで「中国」に移してしまった。これが「大失敗」の原因である。今の中国では「質」の追求は無理である。頭にあるのは、「安く」しかないから、アメリカ中流社会が遡及する質とファッションの「本質」には適合しない。先日も昨年買った寒い時用のジャンパーを着ようと思って、取り出してみたらジッパーがもう壊れている。使い物にならない。(中国製はやっぱりかとがっくり・・・) 車も同様で中国車とToyotaの車では作りが違う。「ユニクロ&Toray」で質と軽さとファッション性で、安い、悪い中国製を駆逐して欲しい。 先日平日なのに立ち寄ってみたら意外に顧客が多いし、店員さんも良いサービスをしている。全ての質があがっているように見受けられた。2階にCoffee Shopが新しく出店していた。残念ながらRichyな深みのコーヒーでなかったのは、今後の改良・改善すべ点だと思った。他の点は数年前より格段に進歩している。恐らく今期も爆発的な利益をあげるだろう。プライスラインも1年前の$19,95から$29-39-49-59と上手にPriceと商品がマッチしていた。マーケティングがかなり進歩したような感じを受けた。 今「日本ブランド」は最高の時である。アメリカ人は「日本ブランド」はもう抵抗なく買う。良いものをリーズナブルな価格で提供して行けば、今後益々発展するだろう。ユニクロ的な企業がもっとNYやアメリカにやってきて欲しい。これからの10-20年は「日本」の時代であろうと思う。
【今年は「聴く」事を徹底したい。】 悪癖ではないが、米国に長く住み過ぎると、価値観や習慣の違いで思っている以上に困惑する事がある。日本にいた時はかなり「物静か」?な人物であったが、アメリカに来て、ユダヤ人弁護士さんと張り合うようになって、饒舌にしゃべるようになってしまった。 あるユダヤ人の弁護士さんと遣り合った時に、40分の時間中、35分位延々と彼が話す。途中反論しようにも・・・・、But・・・・と言い続ける。自分の主張だけで、こちらの言い分を全く聞かない。 こちらも初期の時は英語での説明も不十分だったので、聞くだけで終わりであった。それで兎に角「主導権」を取るために、もう最初から話す様になってしまった。結果は?どうであったか?60-40で主張したいだけ言い放った方が勝利した。 後年、アメリカ人から良くお前、日本人なのになぜそんなに話すのかと言われてしまったが、アメリカでは主張する事が「当たり前?」という風潮があった。日本的に物静かであれば、「意見が無い」ものだとみなされてしまう。今でもなかなかこの悪癖?習慣は治らない。 一番困るのは日本の方から「援護される時は凄い味方です。」と喜ばれるが、英語が良くわからない日本人の方には「話過ぎ」と言われてしまう。最近ある種の勉強会で、若い方(40-60歳)と話していて、貴方は知恵も経験もあって面白いが、もう少し我々の「話を聞いてください!」と言われて「はっと!」した。日頃から思っているのだが、遂、弁護士さんとやりあって闘っている自分の癖がなかなか治らない このユダヤ式を取り入れてからは70-30,80-20の割合で勝利する事が多くなって、日本的に、日本人の方々に「配慮」するという事がなかなか難しい。これを上手に分けられれば、最高なのだが・・・・。 Courtに行っても論理よりも、言った量が多ければ勝つチャンスも多い。兎に角やる時は常に「Evidenceと数字」がポイントになる。最近のプレゼンスは日米でも同様であろうが。価値観や、やり方が違えば、それなりに合わせて行く必要がある。 ここ数年は歳を取ってきた事もあろうが、アメリカ人と交渉していても出来るだけ、「聴く」様に心掛けている。相手にも話させて「満足感」を得てもらい、最後は論理とダメ押しで決着を付けると、短時間で、相手も納得する様だ。「相手を認める事」、相手の自尊心を鑑みる事の重要性に気が付いたからであろう。 最近は物事の「本質や結果」が見えてしまうので、【宇宙の法則】に則っ取って、「核心」だけを話す。相手に重要ではない事をじゃんじゃん話してもらって「満足感」を得てもらうと言うやり方がスマートで、結果が良い様に思う。 馬齢を重ねるに従い、賢くなって行く自分自身を振り返ると、「おお我なりに進歩してきたぞ」と時々ニンマリして密かに「笑い」が出てきて、自己満足している自分自身を見ていると可笑しくもあり、楽しくもある。 【今年は相手の立場で、もっと話を良く【聴く】、努力をして行こうと思っている。】
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