【歴史/史実に関しての捉え方ー日本と中国】
昨日You Tubeで歴史のの捉え方、日本/中国の中・高の教科書についての話が載っていた。中国が史実に対して忠実でなく、客観的に捉えず、ある意味、意図的に恣意的に、教科書を作っている・・・日本は面白さはなく、【史実】に忠実にあげつらえていると日本で学んだ中国の教授達は話していた。
この時、中国は歴史に限らず、恐らく【科学】に対しても論理性や、数字に対しても捏造や恣意的に考える習慣があるなあーと感じた。宇宙の法則や秩序が蓋然としているものを真実を観なければ、曲がって行く。気持ち的に自分達の思うようにしたくても、事実の認識がなければ、きちんと解明することはできないだろう。
恐らく、科学や自然界は「秩序と規律」で成り立っている。これが宇宙飛行士ガガーリンが見た、【宇宙は整然として美しい・・・・】と言った本当の真理だろう。数字が発見されてから、科学は凄い発展を遂げた。【自然の法則】には整然とした【正しい秩序】があるのである。
最近は健康に関しても数値で測り、分析されて健康状態を理解する。それ故に「事実」を知る事、ありのままを述べる、書くと言う事は凄く重要である。捏造や、ごまかしは何時かわかる。意見や見方は良いが、「事実」を隠したりしてはいけない。何事も「正しさ」と向き合っていく事であろう。
【宇宙と自然】に漠然と興味を持ってきたら、「科学」が面白いなあーと思うようになってきた。もし幼少期に科学に興味ある環境にあれば、生き方も違ってきただろうにと。アインシュタインが幼少期に科学に興味を持てる環境にあったからこそ、また数学や幾何に面白みを見出したからこそ大科学者と言われるようになったのは、科学と言う事実を見ながら、未来を想像して、創造に励んだからであろう。
そういう意味では、西洋には科学をやる下地や環境が整っていたと言えるだろう。日本ももっと科学や、数学に価値観をおいておく環境造りであって欲しい。決して小さな捏造や意図的、恣意的な誤謬は避けるべきだろう。
中国の歴史は好きであるが、やはり中国はいまだに歴史の認識が「史実」に忠実でないと思うとかなり落胆する。史実に忠実でない限り、西洋を超える事は出来ない。世界は【科学と芸術】が作っていく。
中国は史実に忠実でない限り、発展はしない、同じ過ちを繰り返すだけだろう。大国ではなく、土地が広いのと人口が多いだけで、物事の本質を理解していない。本質・真理・客観性を通して歴史や科学を理解して行く事こそ、人類の発展に繋がる。日本もそうであって欲しい。【歴史も科学】も「正しさ」に忠実であるべきではなかろうか。