【学びに遅いと言う事はない!!】 人生に遅いと言う事はない。思ったり、気が付いたり、内からの想いが出てきたら、「今」直ぐに取り掛かるべきだろう。「心や頭脳」は常に「青春」である。多分肉体ですら早くから管理していれば、20歳は若くいられるのではないだろうか。 明確な「目的」と「管理」と「継続」という「習慣」があれば、思った事は何でも出来ると思う。「学び」は晩年になる程、尚盛んとなり、燃えて来る。「生きる」事が愉しいのである。何かSomething NewにTryしたいと言う想いが強まってくる。あるいは今まで以上に「高めたい」という意欲がグングンと盛んになって来る。 晩年は「宇宙の法則」を理解するようになって、ある程度の物事の先が見えてきたと言う事もあるだろう。計画し、準備するのが楽しくてワクワクするのである。 「健康管理」「食事」「運動」と的を絞って、毎日毎日を抑制して、記録を続けてきたので、「記録する」事が楽しく、嬉しいのである。「仕事」は従来の多忙さから幾分離れて、「結果」を求められる事の「重圧」が減少して、今の自分自身のペースで走り続ける事が出来るからであろうか。要はマイペースで走り続ける事が出来る事である。 何度も多くの「失敗・失敗」のお陰で今がある。多くの「失敗」に【感謝】したい。失敗して「学び」、今がある。失敗すると、こうしたら「失敗」するという法則を身に付けた事であろうか。まずは自分自身で始めるが、ある程度助走しはじめたら必ず「チーム」を作る事であろう。そうして失敗や成功を共有していく、ある程度の規模になれば、又古い皮を捨てて、チャレンジして行く。それ故に【学び】と【人脈】は欠かせない。これが両輪である。結婚も「男と女」の両輪で成り立っているではないか。 必ず皆とシェアしていく事である。一人で出来る事でも、出来るだけ自分に不足している方を見つけてパートナーとしていく。多くの成功者はこの「法則」を無意識のうちに理解されている。 松下幸之助さんも幼少の時から身体が強くなかった。お陰で、社員に頑張ってもらわれて、助けられて成功されてきた。我々はこういう先人から、又書物を通して「歴史」から学ぶ。幼少期の「読書」程大切な物はない。それと何処かの時点で、「Discipline」と「継続」と言う「習慣」を取り入れる事を「学ぶ」事であろうか。 これらを人生の早めに理解した方がかなり上手く行く可能性は高いが、晩年になっても気が付き、即「実行」されれば、「生きる」楽しみがより楽しく、深くなる。 今日からやろうという「学び心」を大切にして、今年もSomething Newにチャレンジして行きたい。人生は学び続けるという目的と意義を見い出してやれば、本当に楽しいものである。「健康と学び」で活かされる「人生」を精一杯全うして、ワクワクしながら 「今年」も全力で走り続けたい。
【明治を作った男・伊藤博文】 私達は歴史から学び、多くの先人から刺激を受けて時代を切り開いて行く。先日【世界の偉人】伝を読んでいて、中学の時から持っていた考えをかなり誤解していたある人物がいた。それは日本の「明治」を作った一人の男、「伊藤博文」である。 彼は長州、今の山口県で生まれて、松下村塾で「教育」を受けた。当時は武士でなくては殆ど「教育」を受ける事は出来なかった。彼は農家の出身であったために、塾生とみなされず、講義は外で立って聴講したらしい。福沢諭吉同様、当時の身分制度に不平とコンプレックスをもっていた。 項を垂れていた息子をみて母親は、「人間の価値は何を為すかどうかである!」と激励してくれたそうである。塾の外で聴講していたにもかかわらず、高杉晋作,久坂玄端等と一緒に学ぶ。当時の身分制は今の学歴主義以上に厳しく、インドのカースト制度に近いものだった様であった。 そうして勉学に励んでいた時に藩から5人、イギリスへ行く勉学のチャンスがやってきた。そこにはのちに大蔵大臣となる井上馨等もあった。皆それぞれに社会や制度の学びを与えられていた。伊藤はイギリスの「社会」を学ぶ様に使命を受けていたが、彼は従来の悪い癖、「女好き」でそういう特殊な場所に入り込んで、藩の貴重なお金をつぎ込んで、同僚から非難されたのを後に友人となった井上馨がかばってくれてなんとか帰らずに済んだらしいが、生涯、彼の「女癖」は治らず、明治天皇からも厳しい叱責を受けたらしい。 唯、面白いと思ったのは後になって、遊郭での学びで???ある人を大臣に採用する時に、「あの男は信用出来るかどうか?」を聞いたら、女性たちは「直感」で殆ど「的確」にあてたそうである。女性を通じて「人間学」を学んでいたのか?人生で1000人以上の「おなご」と付き合わば、「人間」がわかると豪語していた様だが?・・・。身分の低さと、女性との付き合いから、社会の現場を知って、これが政治に役に立ったと言われている。 彼は英語、ドイツ語等をしっかりと学び、日本の憲法作りにも寄与した。そうして後に日本で帝国議会を開く迄に頑張り、日本での初代総理大臣になって憲政史上はじめて4度も総理大臣となり、国家運営に携わった。 彼は後に「教育こそ力である」と述べている。自己のコンプレックスをバネとして、それを上手に生かして上昇したのである。又「人脈」作りが抜群であったともいわれ、「学問と人脈」こそが、社会の中で生き抜く要諦と言っていたらしい。英語もドイツ語も発音等は気にしないで、徹底的に話しあい、交渉術や交渉での戦略などにも活路をみいだしたそうで、日清戦争後の清国との交渉でも、かなり有利な交渉術で日本を有利に導いたとされる。何事にも徹底した生き方には「無駄」は無いものだとつくづく思わされる。 彼は常に「謙虚」で色んな事に「感謝」する事を忘れず、【努力と戦略と人脈】は「人生の道を開ける」と語っていたそうである。「人生は自分自身で変えられる」と。また生涯を「学び」の人だと言われ、朝早めに起きて、色んな事をノートに書いて論理的に客観的に物事を判断する習慣をつけていたそうである。 彼を考えていたらアメリカのフランクリンを思い出し、洋の東西問わず、成功する人の【法則】は皆同じであると感慨深いものがあった。問題は生き方そのものを「深く」何処迄「徹底」出来るかであろう。
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