【正しさと共にコミュ力を磨く・・・】
近代、現代ではどれだけコミュニケーション力を高め、論理的に感情を表に出す事無く、丁寧に述べる事が出来るかという事が求められる。それには豊富な「知識力」「情報力」が必要であり、如何に「論理的」/「客観的」に物事を洞察するか、そしてそれが宇宙の「法則」に則っているかではないだろうか。
文章でも話す時も、又相手と論戦する時も常にこれは【正しい】のかと問いながら考え、話す事であろう。物事の「本質」と共に、コミュニケーションという「技術」を磨く必要があり、且つどんな時も顔にはSmileと共にある事である。
かっては「誠実」にと言う事が一番であったが・・・。それは今も変わらないが、明るく、Smileを持って、相手と向き合う事が重要である。顔の表情やしぐさはとても大切である。相手と話す時は常に「誠実」であるが、中身は「正しく」でありながら、どんな時も丁寧に相手を尊敬・尊重しながら、上手に話すという「高度」な技術力が大切であると・・・・。
最近の自民党の総裁選をYou Tubeで見ていて感じた事である。まさにショウタイム、ショウビジネスと言っても過言ではない。特にTVやYou Tubeを見ていて、人前で話す、パブリックで話すと言う事は、自分の言葉で、明確に話せる事であると・・・。
時代は変化してきている、昔ながらの「実力」で示せ!という事は時代を問わず当たり前であるが、どれだけの「表現力」を持っているかが問われる。知的と言われる事はそういう事であろう。詭弁で流暢な事では相手を納得させる事は出来ない。Smileを保持しながら、ゆっくりと相手の目をしっかりと見つめながら、ソフトに話す事が求められる。
こういう問題意識を持ちながら、物事の本質や真理を捉えて、話す術を磨く事であろうと・・・・。もう罵声を出して威嚇する時代ではない。如何に論理的にSmileを持って、誠実・丁寧に話せるかというコミュニケーション力が問われる時代である。
知識・知的社会とはそういうものであろう。又服装等も大切であり、見た目にきちんとして整然としている様に「心がける」事だとも思う。もっともっと人前で話すという訓練をして、磨いて行く事であろう。「センス」が良いと言われる迄、全ての分野で磨く事である。
ある意味俳優業にも近い。中身と外側の双方が求められると・・・。その為に会話中でもsimple/Clearに的確に話す。【語彙の選択】が大切になる。それは日頃から意識して使うよう努力しているかどうかと言う事になる。労働社会から知識社会に移り変わってきたのであれば、そういう事の気付きや問題意識を持ち、日頃から切磋すると言う事を認識すべきでなかろうかと思った。
時代は変わってきている。それに「適応」出来るように「コミュニケーション力」を高めていく事ではないだろうかと自民党の総裁選を見ながら学ばして頂いた。この気付きに「感謝」しながら、自分はどうかと問い直し、日々の生活に取り入れて行きたいと思う。