【人生は「晩年」こそ味わいが深い・・・】
最近は「人生」の妙味を愉しみ、じっくりと味わっている。晩年とは嫌だなあーと一時期思っていたものであるが、物事は全て「関連」しているものであり、「宇宙の法則」が理解出来るようになると学生の頃の「数学」を解いていく様な面白さを発見して凄く楽しい。
先日の「絵画」や「器」を鑑賞して、又時々白人の老夫婦の「良き人柄」に出会う時に「落ち着き」と「穏やかさ」と「温和さ」に惹かれる。最近バス停で80歳前後の良きアメリカ人の方に出会った。人生を精一杯やってきた落ち着きと嫌味なく、眼が済んでいる。「綺麗だなあー」と一瞬思った。
相手もこちらをみて微笑んで近づいてきてくれた。お互いに物申さないが惹かれるものがあった。外観もそれなりに整っていて、内的にも惹かれるものがある。その日はお会いしただけで、満足感あり、偶然の出会いに感謝した。
眼の手術やリュウマチ系の病気をした後なのでか、一層良いものを見ての満足感からか数時間静かに物思いに耽っていた。「晩年」も悪くないなあーと。若い時もそういう時はあったのであろうが、「競争、競争・・・・」で走り回っていて、心に余裕がなかったのだろう。
今は別の「感性」が働き、ゆっくりとバランスや結論が見えて来る。「知識と経験」が「法則」を造り上げ、「理解」する事が容易になる。若い時と【晩年】の違いは【法則】と【客観性】で物事が見える事であろうか。
特に自分自身にあてはめた場合に「客観的」にみてどんな立位置にいるかを確かめている。出過ぎや、言い過ぎはないだろうか?言い方は「丁寧」であったかどうか?等、反省しながら生きるのは良き「器」を作るように楽しい。【人生は芸術】だと理解して以来、一日の過ごし方が違ってきた様に思う。
「人間を磨く」という言葉があるが、これこそ【晩年】になって生きて来る。音楽家も美術家も実業家、科学者・・・・・も全ての方々は70歳以降に新しい境地に達する人が多い様に思う。(これはあくまで上昇志向がある方に限られるであろうが・・・)
今程【学び】が楽しい時はない様に感じる、学びたい事が「無限」にあるのだ。人生の後半の「受験期」があれば、かなり自信がある。自分なりに「目的意識」を持って、「学び」続けたいと思う。「好奇心」こそ、【晩年】の薬味かもしれない。
残された時間をじっくりと「人間芸術」として味わいたい。