【アメリカ社会の価値観の変化????】
アメリカでは「人生」そのものの生き方、価値観の「変化」は驚きに近いものがある。先日バブルの時以来、かっては我社のセールパースンであった方々が皆成功されて、約40年ぶりに会食する機会があった。当時は日本がバブルであったので、日本のお金を巡って多くの方が弊社に限らず、日本の不動産屋や証券、銀行にやってきたものであった。
当時は彼らをハンドルするには十分な環境ではなかったが、彼らにも多く儲けてもらった記憶があり、ユダヤ人の一人が声を掛けてくれて、集まった次第であった。皆成功されて、事業会社をそれぞれやっていて、ある方は資産約40億と言っていた。アパレルの会社経営、家族でやっていた不動産会社を引き継いだもの、半分弁護士で、南米系の方に絞って、ビル掃除会社をやっている方・・・。
そして私以外皆共通していたのは、「離婚」を経験されていたのである。ビル・ゲイツでも離婚する時世だから驚かないが・・・・40数年前も約30%の方は離婚経験があり、両親の離婚はかなりの率であったように思う。
私の意識の中では、「離婚は悪く」という概念があるから、簡単に離婚する彼らには同意しかねるものがあった。話を聞いていると、子育て(18歳い頃迄)が終了した時点で、上手に「別れる」を考えると言う。まわりを見れば、知人の弁護士さん、かっての会計士さん、お医者さん・・・・そう言えば、限りないなあーと思ってしまう。「離婚」がもうなんとも感じない「時代」なのかもしれない。
これを書いていて、「結婚」とは「離婚」を前提したものではないのか???という考えが浮かんできた。今迄考えなかったが「少子化」の意味合いは結婚しても離婚するなら一人が良いと言う事である。それに女性も社会に出て働きやすくなり、稼ぎが出来ると自立でき、我慢する必要はないのだろう。正に「金の切れ目は縁のきれめである」と言う事なのである。
離婚がかって程「社会悪」ではなくなって来た事が言えるのだろう。私は「結婚」は拘束があってこそ「結婚」だという価値観があるから、簡単に離婚しますには同意しかねるが、数年して「相性」が合わず、子供がいなければ、「離婚」ありかなとも最近は思っている。やはり子供は親の背中を見て育つと言うではないか。片親は事故かどうしょうも避けられない時は仕方がないが、出来るだけ、辛抱、我慢して、最後まで全うするのが「結婚」の意味合いだと思う。
時代が変わると色んな価値観が変化するが、出来るだけ、日常の基本的な事は、変えずに生きたいものであるが・・・・・。時代の「価値観」に適応できない自分がいるのか???出来たら変えたくないと言う自分がいるのか・・・・???時々わからなくなる時があるが、変えられるものと変えられないものを分けて、「正しく」生きたいと思う。