【文化=良識ー物造りーシステム】
最近、【文化】とは何か?と考える事がある。「文化」の見方は様々であろうが、今朝はっと思いついたのは「良識」こそが「文化」ではないかという事である。「良識」とは何か。「正しい事」を日々の生活でこなす事であると。
文明国が築き上げてきた事は「日々の小さな事」を「当たり前」にこなす事だと思う。床掃除、靴磨き、洗濯、アイロン、Cooking等、様々な日常生活、社会生活がとどこうりなく、「整然」と普通に行われている事であろうか。
日々の「小さな一つ一つ」の繰り返しであり、それを「磨き」きって行く。そして美しい物を創り出す。そこに「文化」があるのではないかと最近ひしひしと感じるのである。「家庭や学校」での生活で、「基礎」が練られて行く。そして「規律」が生まれて行く。それで社会は機能を果たしていくのだろう。
アメリカを見ていて20年前迄、余り移民を受け入れなかった米国は、社会に「モラル」があり、「規範」があった。社会の中に【信頼・信用】があった。ある意味、これが【文化】かもしれない。ヨーロッパや米国が移民政策で失敗して、社会全体が衰退してきた。社会の中に「モラル、信頼」が希薄になると「安全・安心」が失われて、なんとなく居心地が悪くなってくる。今の米国がそうであり、ヨーロッパも同様だろう。又中国人や中近東系のマナーやモラルの酷さも、文化が熟していない表れではないかとも思う。
人々が整然と並んでいるのに横やりしてきたり、親がトイレに行かず幼児を道端で便をさせるなどは「良識」からかけ離れている。中国は5000年の歴史と言っているが共産主義’が出来た1948年頃とみるとまだ80年足らずである。そんな国に「良識」なんかはないだろう。
むかしから「シナ」と言って見下されてきた原因は、この社会の「良識」が余りにも低くかったからであろう。ある会議が終了したら我々日本人や白人は綺麗にして立ち去る。彼らは気にもかけないで、飲み物の空を撒き散らかして帰る。
この「良識」、相手を思う心、相手が嫌がらない事を考えて行動する。この「良識」が「物造り」に反映して行く。わからない裏側までしっかりと「丁寧・正確」にやる。人が見ていようが見ていなくても・・・結局はこれが「信用」に繋がる。表向きの良さをみせるだけでなく・・・・。
中国の車BYDなどは表面だけは綺麗だが、乗ってすぐに壊れてしまう。アメリカでエンジンの凄さの「スバル」が売れている。スバルを乗っている白人連中は幾分スノッブな感じはするが、本物志向である。やはり本物の「良識」はいざと言う時は強い。
そして良識で造られた「物造り」は社会と言う「システム」にも影響を与えて行くだろう。自分だけでなく、相手を思いやる気持ちで「クリーン」「整然」とするという精神があれば、「共生」し易い社会になって行くと思う。
恐らく今後は日本の「社会システム」が世界の模範となり、世界のLeadershipを取っていく事は間違いないだろう。今迄の様に、「左翼的な自虐性」は必要がなく、整然と本物志向、客観性を鑑みて、もっと自国のシステムに【自信】を持って世界に羽ばたくべきではないかと思う。