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SAKAI FUDOSAN NEW YORK BLOG
【週末の一日&「知」を愉しむ】
Sun, April 19, 2026 5:06

【週末の一日&「知」を愉しむ】

4月15日過ぎると気候が温暖になり、過ごし易くなってきた。若い時と異なり、穏やか、温暖、柔和と言う言葉や環境に惹かれる。朝4時頃に起きて、気付きや、ブログを書く。日本語と英語で左右に一ページずつ書く。

朝4時はまだ幾分寒いが、少し寒い方が頭がSharpになりすっきりしている。「習慣」と言う「システム」は素晴らしい。工夫しなくてもノートなり、パソコンを開けば、自然にそのまま書き出す。

最近迄「リュウマチ」もどきの病状で身体中が痛くなり、痛み止め薬を飲みながら過ごしているが、これも日常の行動が行き過ぎないための「神様からのギフト」だと思い、「感謝」している。

日本語・英語で約50分で書き終える。そうして家の中で、自己流の体操をして、蜂蜜&レモン入りの紅茶をゆっくりと「瞑想」しながら約20分かけて飲む。これがまた良い。頭を「無」に出来るし、身体が温かくなる。

そうした後に、毎日の日課の3書を読む。James Allen-The Life Triumphant これはここ20年私の「座右の書」と言える書である。110ページ足らずの小冊子であるが深い。アメリカの老婦人から30年前に「聖書」の次位・・・に良い本だと薦められた書である。約30年「聖書」を読んだが、未だに十分納得しないが、これは名著であろう。それからSamuel Smiles-Self -Helpを読んで、元気づける。最後に守屋洋ー「中国古典ー一日一話」を読む。今の中国からは見習うものはないが、明迄の中華は「自然・社会・人間」の洞察が素晴らしい。特に「人間」に惹かれる。日本の人では、最近のYou Tubeで学んでいる空海ー弘法大師に凄く共鳴している。

人間を知る時はお坊さんの「無」に関しての「生き方」が日本人としては分かり易い。馬齢を重ねるに従い、深みのある書や哲学書に惹かれて行く。「人間とは・・・・?」真理や本質のあるものに何となく【知】を感じる。

これらが終わったら、具たくさんの大盛の味噌汁とサラダ、オムレツである。最近はおぐらの味噌汁に凝っている。冷蔵庫にあるものを数を多く入れて食べる。昔レストランを数軒やったお陰で、それなりに「料理」らしきものが出来るのが嬉しい。日本ではキチンなんかに入った事がなかったのに・・・・・。人生に無駄はないと言う事であろう。何事も一生懸命にやっていれば、必ず何処かで何時か役に立つ。

最近は「物造り?」が楽しい。料理でも掃除でもアイロンでも・・・・身体を動かして、何かを【丁寧】に作り上げるのが良い。まだまだ命を生かされているなら、もっと物造り?に励みたい。

朝食を作り、食事で約1時間。洗い物と床掃除も楽しい。床を磨いた後は、床が光っている時はなんとなく嬉しい。それから家の周りを30分程、散歩する。天気のいい日はかっては「テニス」に参加していたが、病気の後は筋肉が弱まり、今はリハビリ中で、ハイスクールで壁打ちを自分でやるが、足が思うように動かないのが悩みである。

帰宅して60-90分休んでから、今日のメインコースの「Barnes &Noble」の本屋に向かう。途中、車にオイルを入れるが、朝11時頃に着く。CoffeeにHalf & Halを入れて、味わいながら飲む。まだ人がまばらなので、私の指定席に座り、新刊書や目についた本を5-6冊選んで読む。ここでは最初の10ページと終わり5ページだけ読む。最近はWarren Buffett-Buffett’s Tips/John M. Longoが面白い。彼の生い立ちから、実際の行動ー如何にしてRichになったか?の分析と法則に惹かれる。これを今年、3-4回は繰り返し読もうと思っている。

2時間読むと目が疲れるので、朝、家で作った「太巻き寿司」2本を食べる。(太巻き寿司に今は、はまっている。)それからゆっくりと散歩を兼ねて、モール内に最近できたスーパーに行く。散歩と買い物を兼ねる。

その後又本屋に戻り、読む。午後3時か4時に知人と本屋のCafeで待ち合わせて、お互いの情報交換と、考えを聞き、「成る程・・・・」と理解し、又日頃のInputしたものをOutputするようにする。ここでは「話す」事が大切であるし、相手の話を聞く努力も必要である。会話も「知」を磨き、昇華させるには欠かせない。

午後6時迄、「Barnes & Noble」で過ごす。ここでの時間は「満足感あり!」である。週末に過ごす本屋は私には至福の時である。「神様にありがとうございます。」と自然に感謝の言葉が口から出る。本を読み、【知】に触れる時こそ、生きていて良かったなと感じる今日一日であった。