【文化とは信頼か?】
先日、大切な手帳を失くしたと思っていたが、返って来た。人のものは返却すると言う事は、かっては当たり前であったのが、最近は、一度失くすと返ってこない。もう何十年前になるが、公的な☎ボックスに手帳を置き忘れた事があった。数日してユダヤ人らしき方から電話があった。
今俺は、貴方の手帳みたいなものを持っているが、会いたいと・・・・。会うと$300くれと言う。なぜ?と思ったが、大切なものだったので、渋々お金を渡した。悔しかったので、15分位カフェで話して、彼の生い立ちを伺った。
父親はポーランドからのユダヤ系の移民であった。「お金」の大切さを徹底的に教えられていたのであろう。貴重なものには善意ではなく、人はお金を出すと・・・。
恐らく日本では考えられない様な事であるが、1970年代のNYは殺伐とした雰囲気もあった。東欧からのユダヤ移民も多く、白人社会の中では幾分異質であった。
その時に感じたのは、底辺から、或いは極貧民に近い所から這い上がってきた人間には、注意が必要だなと学んだ。我々、日本人とは異なる「価値観」がある。盗んだものでも自分のものにしてしまえば、「売る」事が出来ると。
この時に「文化」と「価値観」について考えさせられた。他人のものは「返す!」という日本人なら当たり前の事が、日本以外では「当たり前」ではないのであると。50年もNYに住んで、ビジネスをしてきて感じたのは、日常生活やビジネスは「信用・信頼」で成り立っているという事である。
「カード」社会はその【信頼】の上に成り立つ。中国、朝鮮、ベトナム、東欧、ロシア、中近東、南米系からの移民の方々の国の方には人のものを盗んでも??良いという「価値観」がまだ存在している様にも思う。
生活やビジネスやスポーツにも「ルール」がある。「ルール」とは「信頼」という「価値観」と共にある。そうして良き価値観こそ、モラルであり、倫理であり、道徳なのであろう。この「高さ」こそが【文化】であろうと思う。心とモラルと金銭の【余裕】が【文化】だと。
日本人として誇り高く、実力・本質を持ちながら、高い「価値観」を持って、日常の生活を全うしたいと思う。