【伝統と創造】
歴史を振り返ると、「伝統と創造」のバランスこそが快適な社会を創り出す事が出来るのではないかと思う。人間は「秩序や整然」と生きるものに憧れる。又一方社会は常に進展して行く。伝統とは価値観であり、今まで、色んな試みが繰り返されて良き国、善き人を作り上げて来て、今がある。
創造は「自由」の中から生まれる。社会に「余裕」があり、何か新しい物を産みだす「環境」を持っていれば、必ず「Something New」が産まれる。自由主義国の良さであり、これこそ、社会発展に必要であるろう。
一方、自由の前に、「秩序と責任」がある。社会を構成している基本である。米国は1920-2010年頃迄はこれが色濃く残っていた。それに新しく「創造・開発」しようという意気込みがあった。
英国や欧州からの価値観、人間としての「正しく生きる」と言う価値観があって、それに「創造・開発」があった。これがアメリカを作って来たが故に先進国と言われ、魅力的であった。
恐らく今の「日本」がそうなのではないか。学校教育で「勉強」と「掃除」が基本となっている。これは皆で秩序正しく、責任を持ってやり抜こうという「躾」であろう。そうして一方良い意味での「競争社会」である。レストランなんかをみていると、切磋琢磨して、新しい商品を産み出したり、「回転ずし」のような「新しいシステム」を産み出したり、素晴らしい。
日本には何をやったらいいか、してはいけないかの価値観、基準がある。これが「日本」を支えて、国家を形成している。
この価値観は長く、欧州や米国主導で培われてきた。それが今は良きものではなく、今迄の良き価値観を持たず、多くの移民の方々が低き悪しきものが入り込んで、「良き」価値観や伝統を壊していく。
日本の良さは良きものを保持しながら、徐々に新しいものを「創造・開発」して行く所に良さがある。今はCardが当たり前であるが、現金も流通させて、バランスよく効率的にやる事が望ましいだろう。便利さはある意味、社会の進歩・発展に寄与するが、良きもの迄、捨てるものはどうだろうか。
良い例が「中国」である。4,000-5,000年?の歴史を持っていると言われるが、彼らは王朝が変わるたびに、全てを破壊してきた。それ故に悪習しか残っていない・・・・。全てが賄賂だったり、横やりであったり、「秩序」がないのである。
京都や奈良にある大仏や五重塔は「日本」に残っている。中国からの観光客が嘆くのは良く理解出来る。破壊はある意味創造に繋がるが、良きものの20%は残して、次に進めば良いだろう。例えば、アメリカではFaxは使われていないが、日本ではまだ効用している。これ等は良い例であろう。
人類がが苦労して開発して作り上げてきたものを大切にしながら、そこから徐々に変えて行くのが良いと思う。今は100歳迄生きる。一つの時代が20-30年のスパンであれば、3つ、4つのギアチェンジが必要である。全ての世代が生きているのである。価値観はそう簡単に変えられない。変えていい物、変えてはいけないものをしっかりと「見極めて行く眼」を持って、判断、決断して、次世代に継承して行くのが望ましいのではないか。
恐らく、今後は、日本の「伝統的」なやり方と、新しいものを「創造・開発」出来る社会が、世界の模範やモデルになるのではないだろうかと思う。